時間反転対称性 (Time Reversal Symmetry)
まず、時間反転対称性について考えます。
時間反転対称性 (TRS) とは、時間 $t\rightarrow -t$ としても不変になる性質です。
古典的には、TRSに対して位置 $x\rightarrow x$ 、運動量 $p\rightarrow -p$ 、電場 $E\rightarrow E$、磁場 $B\rightarrow -B$ のような対称性があります。
イメージしずらいかもしれませんが、例えば投げられたボールの動画を巻き戻しても違和感はないはずです。
しかし、磁気モーメントなどは電子の回転によって生じるため、逆再生すると電子の回転が逆になり、磁気モーメントのベクトルは反転します。
極性 (polar) ベクトルはTRSがあり、軸性 (axial) ベクトルはTRSがないことがわかります。
以上、時間反転対称性について、古典的に考えてきました。
次に量子論で考えてみましょう。
もし、古典論と同じ議論ができるとすると、
$$[x, p] = i\hbar$$
という交換関係が、時間反転操作によって保たれなくなってしまいますが、これはおかしいことです。
そこで、量子力学では時間反転演算子を反ユニタリ行列と考え、 $i \rightarrow -i$ という操作を施すことで問題を解決しています。
もう少し具体的に式を用いて考えてみます。
ある量子状態\(\Ket{\psi}\)に位置演算子$\boldsymbol{x}$を作用させた状態は以下のようになります。
$$\Ket{\psi_r} = \boldsymbol{x}\Ket{\psi}$$
位置演算子はTRSがあるので、これに時間発展演算子$\Theta$を作用しても、
$$\Theta \Ket{\psi_r} = \boldsymbol{x}\Ket{\psi}$$
と状態が変わらないはずです。
ここで、時間発展演算子$\Theta$を作用した後は
$$\Ket{\psi^{\prime}} = \Theta \Ket{\psi}$$
というようにプライムが付くとすると、
$$\Theta \boldsymbol{r} \Ket{\psi} = \Ket{\psi_r^{\prime}} = \boldsymbol{r}\Ket{\psi^{\prime}} = \boldsymbol{r}\Theta \Ket{\psi}$$
という関係が成り立ちます。これより$\boldsymbol{r}\Theta = \Theta \boldsymbol{r}$が成り立ち、両辺に$\Theta^{-1}$をかけることで、
$$\Theta^{-1}\boldsymbol{r}\Theta = \boldsymbol{r} \ (\Leftrightarrow [\Theta, \boldsymbol{r}]=0)$$
という関係が導かれます。これは位置演算子が時間発展演算子に不変であることを意味します。
同様に運動量演算子について考えると、時間反転に対して符号を変えるため、
$$\Theta^{-1}\boldsymbol{p}\Theta = -\boldsymbol{p}$$
が成り立ちます。
以上のことを念頭に、クラマース縮退の導出を解説します。
クラマース縮退の導出
スピン演算子の時間反転操作を考えることから始めます。
スピン演算子は、
0 & 1 \\
1 & 0 \\
\end{pmatrix}, \sigma_y = \begin{pmatrix}
0 & -i \\
i & 0 \\
\end{pmatrix},\sigma_z = \begin{pmatrix}
1 & 0 \\
0 & -1 \\
\end{pmatrix}$$
で表されます。スピンは磁気モーメントに由来することから、時間反転操作に対し負符号をとることがわかります。
しかし、上でも説明したように時間反転演算子が反ユニタリ行列だとすると、$\sigma_y$については問題ないですが、実数である$\sigma_x, \sigma_z$については符号反転がなされないことがわかります。
この問題を解決するために、時間反転演算子を$\Theta = -i \sigma_y K\ (K\text{は反ユニタリ行列})$というふうに定義します。(ぜひ計算して確かめてみてください)
ここでn個の電子に作用する時間反転演算子を考えます。この系に対する時間反転演算子は、
$$\Theta = (-i\sigma_{y1})\otimes (-i\sigma_{y2})\otimes \cdots \otimes (-i\sigma_{n})$$
($\sigma_{yn}$はn番目の電子に対応) と表されます。
$\sigma_y ^2 = 1$より、時間反転演算子の2乗を考えると
$$\Theta ^2 = (-I_1)\otimes(-I_2)\otimes \cdots \otimes (-I_n)$$
となります。
一旦話を戻します。
時間反転対称性がある時、$\Theta$とハミルトニアンは可換であることから同時固有状態を持つことがわかります。
つまり、系の一つの固有状態を$\Ket{\phi}$としたとき、$\Theta \Ket{\psi}$と$\Ket{\psi}$は同じ固有値をとります。
ここで、$\Theta \Ket{\psi}$と$\Ket{\psi}$が状態として同じかどうかが問題になります。
同じなら縮退があって、違うならば縮退がありません。
縮退がないとするならば、$\Theta \Ket{\phi} = e^{i \lambda} \Ket{\phi}$として、
$$\Theta ^2 \Ket{\phi} = e^{-i\lambda}e^{i\lambda}\Ket{\phi} = \Ket{\phi}$$
というように時間反転によって位相の異なる状態が現れて良いはずです。
この時、$\Theta ^2$が1になるときは条件を満たしますが、$\Theta ^2$が-1になるとき、つまり上のテンソル積の式から、電子が奇数個の時は上式が成立せず、縮退があることになります。
これがクラマース縮退です。
まとめ
時間反転対称性の性質からクラマース縮退を導くことができました。
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